日本代表として臨んだ初めての世界選手権で大きな悔しさを味わった私は、さらなるレベルアップの必要性を痛感し、競技に打ち込んだ。 高校3年生の時には「より強いところで腕を磨きたい」と、石川県のデフバスケットボールチームに入った。新しくできたチームで、レベルも高かった。その後、大学3年生まで新幹線で石川県に通い、練習や合宿に参加していた。 高校時代は、休日を中心に福島市にあるバスケの強豪・福島南高の練...
この記事は会員専用記事です
残り566文字(全文766文字)
続きを読むには「みんゆうプラス」の会員登録もしくは
「福島民友新聞購読」の申し込みが必要です。