今年のノーベル化学賞が、京都大特別教授の北川進さんら3人に贈られることが決まった。受賞理由は、金属イオンと有機分子を組み合わせた「金属有機構造体(MOF)の開発」だ。内部に超微細な穴が多数ある構造を生かし、特定の物質を吸着することができるのが特徴で、さまざまな分野での応用が期待されている。
MOFは、分子が出入りできる穴を持つジャングルジムのような構造を持つ。北川さんは、金属の入った液体と有機物が入った液体を混ぜることで、規則的な構造が自然に組み上がる手法を用いたMOFを開発した。金属や有機物の組み合わせで穴の大きさなどを変えられ、特定の気体を出し入れできることを初めて示した。
スウェーデン王立科学アカデミーは、大気から地球温暖化の原因となる二酸化炭素を回収したり、発がん性が懸念される有機フッ素化合物(PFAS)を水から分離したりする技術に貢献する可能性があることを評価した。人類に恩恵をもたらす新素材の開発に大きな役割を果たした、北川さんの偉業に敬意を表したい。
MOFは、世界中で実用化が進む。海外企業が初めて製品化したのは、果物の熟成を促す「エチレン」という物質の働きを邪魔する気体を多数の穴に閉じ込め、輸送中の果物の近くに置き鮮度を保つ仕組みだ。ガスの分子を材料の多数の穴に収納することで、コンパクトに貯蔵できるボンベなども開発されている。
産業への応用には製造コストが課題となるが、材料によっては大幅に下がっているという。新素材の第一人者が国内にいることは、国際的な競争力を確保する上で大きな利点となる。国や経済界には、MOFの積極的な利活用を進めて各分野にイノベーションを起こし、経済成長につなげていくことが求められる。
本県で製造や利活用の実証が進む次世代エネルギー、水素の貯蔵とも相性が良いとされる。また、北川さんらの研究チームは2022年に、水と放射性物質トリチウムの分離に役立つ可能性を指摘している。本県の産業再生や環境回復に結び付くことも期待したい。
生理学・医学賞に選ばれた坂口志文(しもん)大阪大特任教授に続く快挙となった。化学賞の受賞は、19年の吉野彰旭化成名誉フェロー以来6年ぶりで、9人目。北川さんは記者会見で「興味を持って挑戦していくことと、ビジョンが必要だ」と語った。北川さんの言葉が、次世代の研究者を生み出すきっかけになればさらに喜ばしい。